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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)4001号 判決

原告

岩田雄二

ほか一名

被告

石田敦司

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金四七一万三四二七円及びこれに対する平成六年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用については、これを六分し、その五を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告ら各自に対し、それぞれ二八〇〇万〇八六七円及びこれに対する平成六年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、左記一1の交通事故の発生を理由として、これにより死亡した訴外岩田謙介(以下「被害者」という。)の相続人である原告らが、被告に対し、自賠法三条に基づき損害賠償を請求するものである。

一  争いのない事実

1  本件事故

(一) 日時 平成六年一一月一六日午前三時三五分ころ

(二) 場所 名古屋市守山区川北町三三七番地先道路上

(三) 関係車両 被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)

(四) 関係車両 訴外日比野龍也(以下「訴外日比野」という。)運転、被害者ら同乗の自動二輪車(以下「訴外日比野車両」という。)

(五) 態様 右場所付近の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)において、被告車両と訴外日比野車両が出合い頭に衝突した。

なお、被告は、対面する信号の表示が赤色から青色に変わるであろうと軽信し、赤信号を無視して、時速約二五キロメートルで被告車両を本件交差点に進入させたものであるが、他方、原告は、最高速度が時速五〇キロメートルと規制されているのに時速約八〇キロメートルの速度で本件交差点に進入した訴外日比野車両に、三人乗りでヘルメツトも着用せずに同乗していたものであり、また、被告及び訴外日比野は、いずれも呼気一リツトルにつき〇・一ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で、各車両を運転していた。

2  被害者の死亡及び相続

被害者は、本件事故に基づく頭蓋骨陥没骨折・頭蓋底骨折により、本件事故当日の午前七時三八分ころ、搬送された小牧市民病院において死亡した。

原告らは、被害者の両親であり、被害者に生じた損害賠償請求権について、各二分の一の割合で相続した。

3  責任原因

被告は、被告車両を自己のために運行の用に供するものである。

二  争点

1  損害額(特に被害者の逸失利益の額)

2  過失相殺

第三争点に対する判断

一  争点1(損害額)について

1  治療費(請求額一九万四〇二〇円) 一九万四〇二〇円

被害者が、搬送された小牧市民病院において受けた救命治療のため、右金額の治療費を要したことは当事者間に争いがない。

2  逸失利益(請求額五七九二万七二五〇円) 二九七九万七五三〇円

被害者が昭和五一年一〇月七日生まれで本件事故当時一八歳であつたことは当事者間に争いがなく、甲六ないし八号証、乙九号証、原告岩田雄二本人と弁論の全趣旨によれば、被害者は、高校一年生の時に成績不良を理由として右高校を退学し、父である原告岩田雄二が印刷業を目的とする会社の役員をしていたことから、将来、印刷業に従事しようと考えて、デザインや印刷技術全般を教える三年課程の専門学校に一年間通つたが、これも平成六年三月に中途で辞めることとなり、その後は、デザイン・印刷を目的とする鯔背屋という業者でアルバイトとして働いていたこと、被害者は、右の鯔背屋の人間からコンピユータを用いたデザインの方法を勉強する必要があると助言されて、鯔背屋でのアルバイトを辞め、平成六年一一月一一日に印刷とデザインの全般を教える専門学校である広告デザイン専門学校の一年課程のコースに入学の申込をし、選考料も払い込んだこと、右専門学校の入学資格は、高校卒業以上の者又は校長の行う面接により高校卒業以上と同等と認められる者とされていたが、被害者は、右の鯔背屋の知人を通じて右専門学校を紹介されたため、右知人と右専門学校の校長との間で話が進められており、本件事故の直後である同月二〇日には、右専門学校から原告らのもとに入学予定者に対する説明会への参加を求める連絡があつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、原告らは、右認定の事情からすれば、被害者が右の広告デザイン専門学校に入学することは確実となつていたのであるから、被害者の逸失利益を算定するに当たつては、被害者が、平成六年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者の高専・短大卒の全年齢平均賃金相当の収入を得ることができたであろうとする前提に基づくべきであると主張する。

確かに、右に認定したところによると、被害者は、右の広告デザイン専門学校に入学する予定になつていたといい得るところではあるが、しかし、被害者は、成績不良を理由に高校を一年で中退しているのであり、その後も三年課程の専門学校に一年間通つているだけであるから、被害者が、入学予定となつていた右専門学校の一年課程のコースを終えたとしても、そのことから高専・短大卒程度の知識を習得して、右学歴を有する者と同程度の収入を得ることができたものと推認するのは困難であるといわざるを得ないところである。この点、右認定によれば、右の広告デザイン専門学校の入学資格は高校卒業以上又はこれと同等と認められる者とされているが、その認定は校長の行う面接によるというのであつて、客観的な能力の判定がなされている訳ではなく、現に、被害者自身、知人を介して話を進めて貰つた結果、入学を許されたのであるから、右専門学校の入学資格の定めを重視することはできないものというべきである。そして、その他、被害者が、将来、高専・短大卒と同程度の学歴を有する者として、それに相応する収入を得るであろうと推認し得る事情を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被害者は、本件事故がなければ、就労可能な六七歳に至るまでの四九年間を通じて、平成七年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男予労働者・高卒の一八歳から一九歳までの年収額(二四四万〇八〇〇円であることは公知の事実)に相当する収入を得ることができたものと推認するのが相当であるから、これに基づき、生活費として五割を控除し、新ホフマン係数を用いて、その逸失利益の現価を計算すると、次の計算式のとおり、二九七九万七五三〇円となる。

2,440,800×(1-0.5)×24.4162=29,797,530

なお、原告らは、被害者の逸失利益を算定する際には、賃金センサスの学歴別の全年齢平均賃金額に基づいて、新ホフマン係数を用いて中間利息を控除すべきであると主張するが、そのような算定方法が成り立ち得ない訳ではないとしても、生活基盤が安定的に確立している壮年者と比較し、その将来の生活状況を予測することがより困難である若年者の場合に、より控え目な算定方法を用いることもやむを得ないというべきであり、当裁判所としては、原告らの右見解は採用しないところである。

3  被害者の慰藉料(請求額一五〇〇万円) 一三〇〇万〇〇〇〇円

右に認定した被害者の年齢、生活状況等、本件における一切の事情を斟酌すれば、被害者の慰藉料は右金額が相当である。

4  交通事故証明書料(請求額一二〇〇円) 一二〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件事故に基づく自賠責保険への請求手続のため、右費用を要したことが認められる。

5  原告らの慰藉料(請求額各五〇〇万円) 各三〇〇万〇〇〇〇円

右に認定した被害者の年齢、生活状況等、本件における一切の事情を斟酌すれば、被害者の両親である原告らの慰藉料は右金額が相当である。

6  葬儀費用(請求額各二二一万七九四二円) 各五五万〇〇〇〇円

甲一〇ないし一七号証によれば、原告らは、被害者の葬儀、墓碑建立などのために相当額の支出をしていることが認められるが、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用等の損害額は右金額が相当である。

二  争点2(過失相殺)について

1  乙五ないし八、一三、一四号証と争いのない事実によれば、本件交差点は、東西に通ずる道路と南北に通ずる道路とが交わる信号機によつて交通整理の行われている交差点であるが、南北に通ずる道路の本件交差点より北方は、最高速度が時速四〇キロメートルと規制され、その余の道路の最高速度は、時速五〇キロメートルと規制されていたこと、被告は、本件事故現場に至るまでに、被告車両を運転しながら缶ビールを一缶と半分ほど飲み、呼気一リツトルにつき〇・一ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態であつたところ、北から南に向かつて本件交差点に差し掛かつた際、かなり手前から本件交差点の対面信号が赤色を表示していたので、右信号の表示は間もなく青色に変わるであろうと軽信し、また、交通閑散であることにも気を許したため、対面信号が赤色を表示しているのにも拘わらず、これを無視し、被告車両を時速約二五キロメートル程度に減速しただけで、これを本件交差点に進入させ、本件交差点の北側にある横断歩道付近で、西から東に向かつて本件交差点に進入してくる訴外日比野車両を右方約四〇メートルの付近に発見し、ブレーキをかけたものの間に合わず、被告車両の前部を訴外日比野車両の左側面に衝突させたこと、なお、被告車両は、右衝突の後、僅かに前方に進んだだけで停止していること、他方、原告は、訴外日比野及び訴外前田竜治とともにカラオケ店で遊んだ後、ドライブをすることとなつて、訴外日比野車両に三人乗りし、運転する訴外日比野の後ろの、三人の真中の位置に坐つていたところ、訴外日比野は、時速約八〇キロメートルの速度で訴外日比野車両を運転し、西から東に向かつて本件交差点に進入する際、対面信号が青色を表示していることを確認した後、左前方六三メートル余の、本件交差点の北側にある横断歩道付近に被告車両を発見したが、停止しているものと見誤つたため、そのままの速度で訴外日比野車両を走行させ、本件事故に至つたこと、なお、訴外日比野は、右のカラオケ店で缶ビールを一缶と半分ほど飲み、呼気一リツトルにつき〇・一ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で運転していたものであり、また、被害者ら三人はいずれもヘルメツトを着用せずに訴外日比野車両に乗つていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  そうすると、本件事故は、被告が、飲酒の上、赤信号を無視して被告車両を本件交差点に進入させた過失によつて生じたものというべきであるが、しかし、被害者にも、訴外日比野が飲酒していることを承知で訴外日比野車両に同乗した点において、訴外日比野の右のような大幅な速度超過という危険な運転に関与した落度があるというべきであり、また、被害者が、前記のとおり、頭蓋骨陥没骨折等によつて死亡するに至つていることに照らすと、ヘルメツトを着用していなかつたことが、その死亡という重大な結果の発生に寄与しているものというべきであるから、被害者がヘルメツトを着用していなかつた点についても、被害者の落度として斟酌せざるを得ないというべきである。

3  なお、被告は、被害者が、訴外日比野に対して速度超過を諫め、訴外日比野車両を減速させることができたのに、訴外日比野の時速約八〇キロメートルという高速での走行を放置した点や、安定した状態で坐ることのできない三人乗りをしていた点を被害者の過失として斟酌すべきであると主張する。しかし、まず、前記認定によれば、被害者が、訴外日比野の速度超過を諫めることができる状況にあつたかどうかについては、相当の疑問があるというべきであり、また、被害者が、訴外日比野の速度超過を放置していたなどとする被告主張の事実を認めるに足りる証拠もないから、被告の右主張は採用できない。また、自動二輪車へ三人乗りすることが、同乗者の安定した状態での着座を妨げるであろうことは推認できるとしても、前記認定の本件事故態様に照らすと、仮に、被害者が二人乗りの同乗者であつたとした際に、本件事故と同様の結果を回避できたか否かには多大な疑問があるといわざるを得ず、右の点と本件事故の発生ないし被害者の死亡の結果との間に因果関係があるということはできないところであつて、他に、右因果関係を認めるに足りる証拠もないから、被告の右主張も採用できないというべきである。

他方、原告らは、飲酒運転への関与やヘルメツトの不着用について、仮に、被害者に落度があるとしても、その程度は極めて軽微であり、被告の信号無視及び飲酒運転という悪質な過失と対比すれば、被害者の右の落度は斟酌するに足りないと主張するが、前記認定の事故態様、特に、被告車両が衝突の後に直ちに停止していることなどにも照らすと、原告らの主張する右の点には一定の理由があるものの、被害者の落度を全く斟酌しないとすることはできないというべきである。

4  右2、3において説示したところによれば、本件事故によつて被害者らに生じた前記認定の損害については、過失相殺として、その一割を減額するのが相当であるというべきである。

三  損害の填補等

原告らが、本件事故による損害の填補として、自賠責保険より各自一八二七万八三一〇円の支払を受けていることは当事者間に争いがない。

そうすると、右一認定の原告ら各自の損害額合計二五〇四万六三七五円に右二説示の一割の過失相殺をした二二五四万一七三七円から、右既払額を控除すべきであるから、その残額は、原告ら各自について、それぞれ四二六万三四二七円となる。

四  弁護士費用(請求額各二五〇万円) 各四五万〇〇〇〇円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、右金額と認めるのが相当である。

五  よつて、原告らの請求は、各自四七一万三四二七円及びこれに対する不法行為の日である平成六年一一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 貝原信之)

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